埋蔵文化財(遺跡)緊急発掘調査

発行:No.1070 平成17年4月14日発行(9)

埋蔵文化財(遺跡)緊急発掘調査
浅内小学校周辺 上ノ山T遺跡

16年度の発掘調査から
 市教育委員会は、昨年度開発行為に伴い、3カ所で埋蔵文化財(遺跡)緊急発掘調査を実施しました。3回にわたり、調査結果の概要をお知らせします。

シリーズ(1) 上ノ山汕竦ユ
 浅内小学校周辺の台地に広がる上ノ山汕竦ユは、縄文時代と平安時代の遺跡として知られています。この遺跡の範囲内、小学校の南側隣接地に新校舎が建設されることになり、校庭の造成や校舎の建築によって遺跡が壊される部分の約6,300平方メートルについて、10月下旬から11月上旬にかけて調査を行いました。

調査により縄文時代の陥し穴を発見
調査の結果、長さ2.6〜4.5メートル、幅0.3〜0.7メートル、深さ0.3〜1.2メートルの細長くて深い穴が7基見つかりました。これらの穴からは、掘られた時代や用途を推定する手がかりとなる遺物が全く出土しませんでしたが、他遺跡の調査例や狩猟民族の例から動物を捕まえるための縄文時代の陥し穴だと考えられています。つまり、この場所は縄文時代には獲物を捕まえるための狩りの場所だったのでしょう。

陥し穴からの考察
 これらの陥し穴は、付近の柏子所貝塚から骨が出土していることから、シカやイノシシを狙ったものと考えられます。細い穴に身体がはまって身動きができなくなったり、落ちたときに脚を痛めることを狙ったのでしょうか。沢と尾根とを移動する動物を狙ったためか、等高線とほぼ平行に掘られているようです。
 陥し穴は、もともと1メートル以上の深さがあったものと考えられますが、いちばん南で見つかった穴は深さが20ほどしかありませんでした。これは、この場所を水田にする際にその大部分が削られてしまったためで、もともとの地形はかなり起伏に富んでいたと考えられます。ですから縄文人はこの周辺のもっと住み心地のいい場所にムラをつくり、この場所を狩り場として使っていたのでしょう。

遺跡は重要な文化財
 遺跡は、わたしたち共有の財産であるとともに、地域の歴史と文化に根ざした歴史的遺産であり、地域の歴史・文化環境を形づくる重要な文化財です。遺跡はいったん壊れると元に戻すことができないので、なるべくそのまま後世に引き継いでいかなければなりません。しかし、やむを得ず遺跡が壊されてしまう場合には、工事の前に発掘調査を行って記録として残すようにしています。
 遺跡を未来に残せるよう、市民の皆さんのご協力をお願いします。

問合せ 文化係 電話89ー2953

No.1070 平成17年4月14日発行(9)

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